東京高等裁判所 平成2年(う)1355号 判決
被告人 佐久間登喜子 外二名
〔抄 録〕
論旨は、要するに、原判決は原判示罪となるべき事実一の事実、すなわち、被告人らが品川区役所の庁舎内へ立ち入った本件所為について、その違法性の評価を誤り、ひいては法令適用を誤って、建造物侵入罪に問擬した違法がある旨主張する。
そこで検討するに、
1 被告人らが、原判示のとおり、本件当日午後一時過ぎころ、その他一〇名ほどの「品川区臨時職員佐久間さん解雇撤回闘争支援共闘会議」(略称・品川臨職共闘)関係者と共に、品川区役所庁舎内に立ち入り、五階の区長室、同室前廊下を経て四階階段踊り場付近にまで至ったことは、被告人らの供述を含む関係証拠により明らかである。
2 関係証拠によれば、本件までの経緯として、おおよそ次のような事情が認められる。
(1) 品川区では、臨時職員の任用、処遇に関する内部準則として、昭和三三年一二月区長決裁の臨時職員取扱要綱を策定し、これに準拠して臨時職員を取り扱ってきたところ、昭和四〇年にこれを廃止し、新たな臨時職員取扱要綱(以下、四〇年要綱という。なお、この要綱は昭和五四年五月限りで廃止され、新たな要綱が制定されて、数回の改正を経て現在に至っている。)を設けたが、右には、「臨時職員をもってあてる職は、短期間または季節的業務に従事させる臨時の職とする。」、「臨時職員の雇用者は、区長とする。」、同年四月一日以降雇用される臨時職員の雇用期間は、「二月以内とし、一月の実勤務日数は、二〇日以内とする。ただし、事業執行上やむをえない場合については、雇用期間を更新することができる。この場合において雇用期間は通算して六月(実勤務日数一二〇日)をこえることができない。」などを定め、爾来この要綱により臨時職員を採用、処遇してきた。しかし、現実には、品川区の職員の定員増が抑制され、他方では区の行政事務が拡大する中で、雇用期間が右要綱に定める通算六か月を超える臨時職員が多くなったことなどから、品川区では任用が長期化した臨時職員について、漸次、正規の職員に切り替え、あるいは任用を打ち切るなどの是正措置をとっていた。
(2) 品川区では、いわゆる「鍵っ子」対策として、小学校低学年学童を対象とする放課後の学童保育を実施し、その事業には、学校教育法の規定による教論となる資格を有する者や保母の有資格者であることなどを要件とする児童厚生職という職種を当て、更にその補助として臨時職員も当てて、学童保育クラブを運営してきたが、児童センター、学童保育クラブに在職する職員に関し、前記の臨時職員の任用是正措置の一環として、昭和五〇年三月、品川区厚生部児童課長と区の職員団体である都職労品川支部副支部長との間で、同年三月三一日までに任用された臨時職員のうち、既に児童厚生職の資格を取得している者については、昭和五一年四月一日をめどに正規の職員に切り替える、児童厚生の職の資格取得のために学校、大学等に在学中の者、保母の資格取得のため受験中の者は、その資格取得まで任用を継続し、資格取得を待って正規の職員に組み入れるが、それ以外の臨時職員については、昭和五〇年四月一日を基準時として、四〇年要綱所定の任用基準による旨の内容を含む確認書を取り交わした。
(3) このような臨時職員の任用状況の下で、被告人佐久間は、前記四〇年要綱に基づき、昭和五〇年五月六日、品川区の学童保育クラブの正規の職員の業務補助を行う臨時職員として、同年九月三〇日までの期限付きで任用され、城南第二学童保育クラブで正規職員二名と一緒に勤務した。勤務時間は午前九時三〇分(正規職員は午前九時)から午後五時までで、残業はせず、給与は日額三〇〇〇円で、勤務内容は施設の清掃、会議出席、学童の学習の相手、間食の調理・給食、学童の遊戯相手など、ほとんど正規職員のそれと同一であった。
(4) 被告人佐久間は、右クラブに勤務中から、再三にわたり、右期限後も任用を継続するよう区に求めていたが、区側からはこれを拒否され、同年八月末、児童課の係員から九月三〇日限りで任用は終了する旨の予告を受け、右期限の経過した後は勤務を認められないままに終わった。被告人佐久間は、他の臨時職員らの支援を得て、右期限経過後も前記城南第二学童保育クラブで事実上勤務を続けるなどの行動にでたが、区の申し立てにより、同年一〇月ころ、裁判所から立ち入り禁止の仮処分を受けたので、昭和五一年三月、区の正規職員の有志らを糾合して支援団体を作るなどして、区側と任用継続を求めて二十数回にわたり交渉したが、区側は、被告人佐久間は当初から期限を昭和五〇年九月三〇日限りとする臨時職員として任用した者で、期限経過により当然その身分を失い、任用継続の根拠はないとして右要求を拒み通し、昭和五二年四月下旬に交渉を打ち切った。
(5) そこで、被告人佐久間らは、昭和五二年七月下旬、支援団体を改組して、これまでの区の正規職員からなるメンバーのほかに広く支援者を募り、「品川区臨時職員佐久間さん解雇撤回闘争支援共闘会議」(略称・品川臨職共闘)を結成し、しばしば区役所庁舎内に立ち入って区長らに面会を求めるなど、区側に交渉再開を激しく追った。当初、区側は交渉を拒否し、品川臨職共闘関係者の区役所庁舎への立ち入りを禁ずる旨記した立て看板を庁舎の各出入り口に掲示するなど強硬な対応をしていたが、品川臨職共闘関係者らのデモ行動に伴う喧噪について付近住民、勤務職員、区議会関係者らから苦情が区側に寄せられたことなどから、区側としても柔軟な対応をよぎなくされ、立て看板を撤去し、昭和五四年八月ころから数度、品川臨職共闘関係者と面会したが、話し合いが続いているうちに臨職共闘側が庁舎前でデモ集会を行ったことから話がこじれ、同年一〇月に区側から話し合いを打ち切った。なお、昭和五三年四月一日、特別区人事委員会設置条例、職員の臨時的任用に関する規則(特別区人事委員会規則八号)がそれぞれ施行され、品川区の臨時職員の任用、処遇についても、以後はこれらが適用されることになった。
(6) 被告人佐久間を含む品川臨職共闘関係者らは、その後もたびたび区役所庁舎前でデモ集会を開き、区役所庁舎内に立ち入って区長らに面会を求めるなどして、被告人佐久間の任用継続の交渉再開を要求し、撤回の非公式な接触はあったものの、話し合いは不調に終わった。昭和五六年九月ころ、区側は、再び品川臨職共闘関係者の庁舎内立ち入り禁止の張り紙を各出入り口に掲示した。
昭和五八年ころから、品川臨職共闘の示威行動は激しさの度を加え、区役所庁舎前のデモ集会、ビラ撤き、庁舎内に立ち入り五階の区長室での面会要求、シュプレヒコールを繰り返しながら行う庁舎廊下でのデモ行進、庁舎外で式典等へ出席する区長に対する直接交渉要求などを繰り返した。区では、このような行動に対抗して、昭和五九年七月、被告人佐久間の任用問題の交渉を要求して庁舎内に立ち入ろうとする品川臨職共闘関係者らに対し、区の管理職らが実力で立ち入り阻止をはかり、その年の九月には、先に掲示した張り紙に加えて、区役所庁舎とその敷地内に品川臨職共闘関係者の立ち入りを禁止する旨の立て看板を庁舎各出入り口に掲げた。
(7) そして、昭和六一年から同六三年一一月末までに数回にわたり、区側関係者と品川臨職共闘との間で妥協点を探る非公式の接触があり、被告人佐久間をこれ以上任用しないことを前提とする金銭的な解決策も区側から話題とされたが、共闘側があくまで被告人佐久間の任用継続を主張したため、結局、同年一一月三〇日の会合を最後に、物別れに終わった。
(8) その後は、両者の交渉が途絶えたまま、品川臨職共闘関係者らは、毎月のように、庁舎内に立ち入っては、五階の区長室付近で区長への面会と交渉を要求し、引き続き携帯用拡声器を用いシュプレヒコールをしながら庁舎廊下を行進するなどの示威行動を行い、これに対して、区側は交渉拒否の態度を維持して、臨職共闘関係者らが押しかける都度、管理職等が出て退去を命じ、その排除に当たるということを繰り返していた。
3 本件は、右のような経緯の下で、被告人ら三名が、他の品川臨職共闘関係者ら一〇名ほどと意思相通じて、右の恒例行事的になった品川区役所庁舎内での示威行動を行うために、それが区役所の庁舎管理権者がつとに禁じており、その意に反することを十分承知の上で、原判示のとおり、三々五々品川区役所庁舎内に立ち入って、五階の区長室前廊下で集合し、区長に面会を要求した後、あらかじめ用意した携帯用拡声器を用いてシュプレヒコールを繰り返しながら階段を使って四階へ降り、その廊下を縦一列になってデモ行進したものであって、このような本件庁舎内立ち入りの目的、その態様、更には先に認定した本件に至る経緯等にかんがみ、被告人らの本件庁舎内立ち入りの所為が、刑法一三〇条前段に規定する建造物侵入罪に該当することは明らかであるといわなければならない。
4 以下、所論にかんがみ、その違法性を中心に検討を加えることとする。
(1) 所論は、原判決が、十分な論証をすることなく、品川区の学童保育クラブに勤務していた当時の被告人佐久間の身分を地方公務員と断じ、地方公務員法(以下、地公法と略称する。)二二条五項所定の臨時的任用による品川区役所の職員に当たると判示したとして、これを論難する。
検討するに、原審証人本間将、同津吉敦の各供述等の関係証拠によれば、被告人佐久間は、2の(3)にみたとおり、四〇年要綱に基づいて、昭和五〇年五月六日に、品川区の学童保育クラブの正規職員の業務を補助する臨時職員として同年九月三〇日までの期限付きで任用されたことが明らかであるが、右要綱は、地公法二二条五項に関する内部準則であることを特に明記せず、賃金で雇用する臨時職員について適用することとし(要綱第1)、その雇用者を区長とし(同第3の1)、雇用手続及び賃金の支払は、総務部総務課で集中管理することとする(同第3の4の(3))などと定めており、規定の体裁の上では、そこでいう臨時職員の任用は、雇用者である区長と被雇用者である臨時職員との間で、私法上の雇用契約を締結する関係にあるかのように見えないではない。しかしながら、現行公務員制度は、かつての官公吏と雇員の区別を廃し、全体の奉仕者としての公務員に身分を一本化して、公務の民主的、能率的な遂行を図ることを本旨とし、それにふさわしい任用服務分限等の制度を定めたのであるから、勤務者が国又は地方公共団体に使用され従属する関係にあって、しかも公務員でない関係というものは認められていないと言わざるを得ない。政府に対し国家公務員以外の勤務者を置きこれに給与を支給することを禁じた国家公務員法二条六項はこの趣旨を明らかにしたものということができるが、地公法に同旨の明文の制限規定を欠くからといって、地方公共団体についてこれと別異に解すべきいわれはなく、勤務者との間で私法上の雇用契約を結んで給与を支払うことは許されないものといわなければならない。したがって、右要綱は、「雇用」、「雇用者」、「雇用手続」などの文言を用いてはいるが、臨時職員をもってあてる職は短期又は季節的業務に従事させる「臨時の職」とし(要綱第2)、雇用期間は通算して六月を超えることができないものとする(同第3の2の(1))など、その規定の内容に徴しても、地公法二二条五項の一般職の臨時的任用に関する内部準則であると解すべきであり、これに基づいて任用された被告人佐久間の身分も、右二二条五項に依拠して臨時的に任用された品川区役所の一般職職員であると認められる。
(2) 所論は、被告人佐久間が勤務していた学童保育クラブの臨時職員は、正規の職員ではまかないきれない業務量の増大に対処するために雇用されたもので、職務内容も正規の職員と同一であることなどから、恒常的業務を対象として雇用されたというべきであり、地公法二二条五項所定の臨時の職とはいえず、その雇用関係は、私人間の雇用と同様、労働基準法の適用を受ける一般の労働契約によるものと考えざるを得ないと主張する。
確かに、特別区職員人事関係資料中の「児童厚生の採用資格について」等の関係証拠によると、品川区では学童保育クラブの職員は児童厚生職として、教員免状取得者、保母の有資格者等を当てることとし、そのほか臨時職員を採用してその補助に当てていたが、実際上、両者の間には、勤務時間に若干の差があるほかには勤務内容に特段の違いはなかったことが窺われるのであって、新学期当初には保育学童数が多くその後漸減するなどの時期的な事務量の変動はあるにせよ、このような補助の職が、厳密な意味で同法二二条五項にいう臨時の職に該当するかについては、所論指摘のように疑問の余地がないではない。しかしながら、地方公共団体と勤務者との間で私法上の雇用契約を締結することが認められないことは前述のとおりであり、品川区の学童保育クラブの補助職員の業務が臨時の職と認められないからといって、そこから直ちに被告人佐久間の勤務が所論主張のような一般の労働契約に基づくと帰結されるべきものではない。このような見解は、職員の任用は、本来、能力の実証に基づいて行われなければならないとする任用の根本基準(同法一五条)に反するものといわざるをえないし、特に学童保育クラブに勤務する正規の児童厚生職については前記のような資格要件を設けているのであるから、これを欠く被告人佐久間のような臨時的任用の職員を更に継続して勤務させることは、採用に関し正規の職員に比して不当に有利な取扱いをすることになり、また、同法二二条六項の趣旨にも反することになるのである。したがって、期限付きで臨時的に任用された者は、たとえその任用が同法二二条五項の要件に合致しない違法な任用であったとしても、それを理由として、任用期限到来後も従来どおり任用を継続するよう任命権者に要求することはできないものというべきである。
地方公共団体のいわゆる臨時職員の身分関係を私法上の雇用契約関係ととらえる所論の考え方は、短期の任用期間を定めて臨時的に任用されたのに、その任用期間の更新を繰り返すことによって、長期間にわたり事実上正規職員と同内容の勤務をしていながら、正規の職員に比して著しく不安定な身分にある職員について、その不利益を可及的に是正しようという狙いを持つ一種の救済法理であって、これを地方公共団体の臨時職員の身分関係一般に及ぼすことは不当であるといわなければならない。しかも、被告人佐久間が城南第二学童保育クラブに勤務した当時は、品川区が臨時職員の任用期間の長期化の歪みを是正すべく努めていた時期であったことは、前記2の(1)、(2)に見たとおりであり、品川区が、所論主張のように学童保育クラブの補助職員の臨時的任用を脱法的に利用しようと意図していたとは考え難いばかりでなく、被告人佐久間の場合、昭和五〇年九月三〇日までの期限付きで臨時職員に任用されて同年五月六日から勤務し、当初の期限どおり任用が終わったもので、その勤務期間は五か月弱であり、任用期間の更新は一度もなかったのであるから、任用期間の点では同法二二条五項の臨時的任用の要件に適合しており、身分保障、団体交渉権の保障などの点で問題視される、いわゆる「常勤化した臨時職員」の場合とは、およそ事案を異にするといわなければならない。このような次第で、被告人佐久間の身分関係を品川区と労働契約を結んだ被雇用者であるとの見解に立脚する所論は、前提を欠くといわざるをえない。
(3) 所論は、仮に被告人佐久間が地公法二二条五項の臨時的任用による地方公務員であるとしても、原判決が、品川臨職共闘が地公法上の登録団体ではないことを理由に、団体交渉権を否定したことは失当であり、また、被告人佐久間及び品川臨職共闘は品川区との間で憲法上の団体交渉権を有し、かつ、品川臨職共闘は、品川区が被告人佐久間を不当に解雇(雇い止め)した問題の解決のために結成され、これまでも区側と交渉を重ねてきた実績があり、しかも、区側はその交渉を一方的に打ち切り、問題解決を遷延してきたのであるから、品川区には、信義則上も、品川臨職共闘の団体交渉に応じるべき義務、団体交渉要求を受忍すべき義務がある旨主張する。
しかしながら、品川臨職共闘は、登録を受けた職員団体ではないから、地公法五五条に照らし、品川区当局と団体交渉の権限がないことは、原判示のとおりであるばかりでなく、既に説明したところから明らかなように、被告人佐久間自身、区当局に対して、任用継続を要求できる立場にはないのである。両者間の交渉の経緯、態様、要求の内容などは、前記2の(4)ないし(7)に見たとおりであって、品川区側は、問題解決のために、被告人佐久間とその支持者らとの間で多数回にわたり交渉を重ね、金銭的解決策を含む提案をするなど妥協点を探る努力をしたが、被告人佐久間の側において、任用期限切れを臨時職員の不当な雇い止めであると非難し、継続任用を要求する態度をかたくなに崩さなかったため、双方の言い分は平行線をたどり、昭和六三年一一月三〇日の会合を最後に物別れに終わったのである。このような経緯、更には被告人佐久間及び品川臨職共闘関係者らが品川区長に対し執拗に面会を要求し、引き続き拡声器を用いてシュプレヒコールをしながら庁舎内を行進するなどの行動を繰り返し行ったことなどにもかんがみると、所論の主張する品川臨職共闘の憲法上の団体交渉権、あるいは品川区側がこれと団体交渉に応じるべき信義則上の義務があるということを一応の前提としてみても、右一一月三〇日以降、区側が、もはや話し合いの余地はないとして、被告人佐久間及び品川臨職共闘の関係者らとの交渉に応じなかったことは十分理由のあることであり、区当局の対応に、違憲違法のかどはなかったというべきである。
(4) 所論は、原判決は被告人らの本件品川区役所庁舎内立ち入り行為の違法性を検討するに当たり、区側が品川臨職共闘関係者の庁舎内立ち入り禁止の掲示をしていた事実と右関係者らの庁舎内立ち入り後の行動が区役所の日常業務の著しい妨げになった事実を挙げ、その総合判断として違法性を認めたが、<1>品川臨職共闘が原判決指摘のような行動に出ざるを得なかったのは、品川区側が長期にわたり不誠実な対応をしたためであって、その責めは区側にあり、立ち入り禁止の措置は不当であるばかりでなく、立ち入り禁止の名宛人があいまいで、現に、品川臨職共闘関係者に対する立ち入り禁止の掲示のある庁舎内で、区側と品川臨職共闘との話し合いが行われた事実もあって、これら立ち入り禁止の掲示があるからといって、被告人らの立ち入り行為が実質的に違法であることの根拠にすることはできないし、<2>庁舎内立ち入り後、ある程度の混乱が生じた責任は、区長との面会要求、区長への団交要求書の取次ぎ要求をいずれも拒否し、品川臨職共闘関係者に対してやみくもに退去を要求した品川区側にあり、被告人らは混乱を意図して庁舎内に立ち入ったのではないから、立ち入り後に混乱状態が生じたことを理由に、立ち入り行為自体を違法と評価することは許されず、また、原判決指摘の庁舎内行進は一二、三名程度の小規模なものであり、団交要求行動は平穏に行われ、五階区長室付近での喧噪、混乱の責めは区側にあることなどにかんがみると、本件立ち入り後の庁舎内での行動は、区の業務を妨げるほどのものではなく、許容されて相当な範囲内の行動であったというべきである、というのである。
そここで検討するに、既に述べたとおり、品川区側と被告人佐久間及び品川臨職共闘関係者らの間の折衡は、昭和五四年八月ころから断続的に行われ、紆余曲折を経て九年後の昭和六三年一一月末を最後に打ち切られたが、その間の区側の品川臨職共闘に対する対応は、交渉担当者の交替、区議会や職員組合への配慮などもあって、必ずしも一定したものではなかったことが窺われる。しかし、前記2の(4)ないし(3)の経過に照らし、遅くも本件立ち入りが行われた当時においては、区側には、被告人佐久間及び品川臨職共闘関係者らと被告人佐久間の任用をめぐる交渉を継続する意思が全然なく、区役所庁舎の管理権者において、右臨職共闘問係者らが恒例行事化した区長に対する面会要求とこれに引き続く庁舎内デモ行進を行う目的をもって、品川区役所庁舎内に立ち入ることを禁止していたことは明らかであり、当時の情勢から、右臨職共闘関係者らもあらかじめこの禁止を承知していたものと認めて誤りない。そして、被告人佐久間の任用継続の要求が地公法の建前にもとるものであることは、先に判示したとおりであり、品川区側がその交渉を打ち切ったことは当然であって落ち度はなく、客観的に考察しても、執務時間中に区役所庁舎内の廊下、エレベーターホールなどを縦隊になり携帯用拡声器を用いたシュプレヒコールを繰り返しながら行うデモ行進が、庁舎内で執務する者や用務で区役所を訪れる一般の者の迷惑になるほどに喧噪なものであったことは、関係証拠から明らかであって、このような一方的な要求を突き付け、その貫徹のためには他人の迷惑を顧みず、喧噪にわたるデモ行進を廊下などで行う意図をもって、区役所の庁舎内に立ち入る行為が、故なく人の看守する建造物に侵入する場合に該当することは、立ち入り禁止の掲示がなされていようといまいと、当然のことというべきである。所論は、被告人らが庁舎内へ立ち入る際には混乱を生じさせる意図はなかったが、区の対応が不当であったために混乱が生じてしまったもので、その責任はもっぱら区側にあると主張するが、以上の検討から明らかなように、このような言い分は、到底認めることができない。その他所論指摘の点につき、関係証拠を子細に検討しても、被告人らの本件区役所庁舎内立ち入りの行為が建造物侵入罪に該当するとした原審の判断に誤りはない。
(早川 高木 小田部)